第2期:尾張一ノ宮「  真清田神社  」に関わる『邇邇芸命・先霊神国常立尊』の天孫降臨

系図資料から観た本来の神代の天孫降臨を調べてみるに、ここでは尾張について記されている書物、田中豊先生が編纂された「真清探當證(ますみたんとうしょう)」復刻版上巻の「第36章 一ノ宮神宮の縁起 神代伝話の第1より第3まで・・」及び「第37章 神代伝話の第4・・」を参考にさせて戴き一部を割愛しながら要約を記しますと、『天つ神ここでは大神「邇邇芸命(ににぎのみこと)」に火明の命(ほあかりのみこと)が「長年此の大八州の国家首務を司ってきたが老齢にて政務執行致し難く、尚首務を継ぐ子息無きを憂い首務を継承給はらば、本日即時職を辞し引退す」と誠意をもって嘆願し、潔く大神に大権職を譲り、全引退の印並びに大神首長に登極の慶賀を祝詞する為、先祖伝来の宝物名鏡と襟飾り(首飾り)を奉献になる。之を受納になりたる大神は、宝鏡を八咫鏡(やたのかがみ)と名称になり、襟飾りを八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)と名称を付す。扨て首長が大神に名鏡奉献の際、太陽は光線名鏡に映り、天地一度に輝き、火を見るより遥かに明なり。此の時大神は輝き渡る名鏡へ姿想を写さるを見て、無量の好逸、之ぞ朕が霊者なりと、賞観受納ありたり。次に八坂瓊勾玉をとり、すぐに襟飾り首掛けとなし給ひたる為、大神、大神と賞賛叫号せり。この大神が名鏡の光を視て、之ぞ吾が霊者也と賞賛は、吾れは婦人なるも吾が霊は此の鏡の如く、目下乱れ崩る世の中を、天地一時に輝かし、如何なる悪魔潜伏為すも、名鏡の如く輝けば、降伏靡(なび)き従ふは、面の当たりと之を指示の意志。大神は此の宝物献納を受納の際、前首長老人に火明命(ほあかりのみこと)の尊号を与へ給ひけり。孫娘を侍女にと両親の許可を得たる豊姫は、大神の侍女として、終生奉公せる主従の功により、土産物を奉納の意を両親に告げし 為、種々思案中然るに火明命は老病に罹り、終に薨(こう)し給ひたる報、大神に達したれば、大神痛く哀惜給ひ、命の生存中の功を嘉し特に火明命の其の祖先、国常立尊(くにとこたちのみこと)を合祀なし、黒田大神と尊崇し、現在の隠居住宅地に奉祀、造営の上鎮座を乞へり。之吾が国に於いて初めて神宮に奉祀有たる稿始(こうし)なり。故に此の大神を一ノ宮と大神は名称ありたり。次に後年国々に神々を奉祀せしを、何れも宮の尊号、数多あるも日本全国を通じ、尾張国一ノ宮は、大神の基礎により最上一ノ宮を為し居れり。』と記されています。

之を理解する限り、大八州尾張の国では目出度く穏やかに天孫降臨なる「国譲り」が行われたのでしょう。

ここまで記述したとき私の脳裏に強く感じられたのは火明尊の孫娘「豊姫」の存在であり、これまで私自身何度となく訪れたことのある丹波籠神社(たんばのかごじんじゃ)そして三重瀧原の宮(みえたきはらのみや)、伊勢神宮が気掛かりとなり今後の研究課題として取り上げてゆきたいと思います。

元伊勢籠神社瀧原の宮伊勢神宮については、後々の研究報告にてさせていただきます。

 ここで一度参考系図に目を通していただきたい。

系図で黄色・緑色に塗りつぶした神々がおられますが、これは私なりに出雲並びに尾張に関わりの深い神々を見分けられるように色分けしてみましたが、如何に多くの郷土に関わりある神々が日本の国造りに貢献されてきたかを伺い知ることができるかと思います。

これからの記述の中に、数多くの神々の名が出てきますが参考系図にかなを付しておりますので、参考にしながらお読みいただけると幸いかと存じます。

     丹波籠神社  主祭神:天火明命=邇邇芸命=邇芸速日命(諸説有)         

            相殿神:豊受大神 天照大神 海神 天水分神

            奥 宮:真名井神社 上宮祭神:豊受大神

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